HRe206J 神学研究 II

Winter 2007, H-204, *5/TU *5/F, Instructor: A. Morimoto

OBJECTIVE

テーマ: 宗教と暴力

近代世界は、宗教を非合理な過去の遺物として背後に押しやることを願ってきた。しかし、9.11のテロ事件は、それが幻想であったことをわれわれに教えている。今日の世界は、宗教を理解することなくして理解することはできない。しかもわれわれはそこで、単に宗教の存在や重要性を再認識したのではない。それがもたらすとてつもない暴力を再認識したのである。

いったい宗教は暴力とどのような関係にあるのか。そもそも、暴力とは何か。なぜ暴力は人間社会につきものなのか。それはまったく否定すべきものか。それとも、何らかの積極的な意味はあるのか。そして、人間の生に意味を賦与するシステムとしての宗教は、暴力をどのように解釈し、利用し、是認し、否定し、抑制するのか。これらはきわめて神学的な課題である。なぜなら、そこにあらわれる暴力の理解は、各人の神理解をそのまま反映させているからである。

この問題に限らず、大学で真剣に学ぼうと思う者は、あまり簡単な割り切り方をしないこと。「すべての宗教は平和を求めるものだ」というのは、お仕着せがましい思い込みの一つである。「それなのにどうして宗教間で戦争するのだろう」なんて、中学生みたいな問い方をするな。「宗教って何なのかをまず定義してもらわないと」というのはもっと愚かしい。定義なんかどこかへ捨てちまえ。そんなもので始めたら、どこにも行き着けません。そういう自分の先入見を破る新しい発見をしよう、という気構えでクラスに参加すること。

なお、秋学期の神学研究1とは原則的に連続していませんので、どちらか一方だけでも取れます。

REFERENCE

読むテクストは、以下を含みます。

NOTES

  1. 授業は必ず出席すること。遅刻もするな。学習と教育の目的は、授業に参加しなければ達成できないからです。発言や質疑応答などの積極的参加を評価します。特に、他の学生に引用されるような発言を評価します。賛成されるにせよ、反対されるにせよ。担当週に限らず、毎週の課題図書をよく読んで理解し、自分なりにまとめておくこと。

  2. 最初に導入の講義をした後、毎週学生によるグループ発題を折り込んで進めてゆきます。各グループはその後のディスカッションも導くこと。授業時間外のグループ学習を奨励します。メーリングリストを作りましたので、活用してください。グループごとのレスポンス・ペーパー提出も、メーリングリストでやります。

  3. 授業での講義と討論を踏まえて、期末レポートを書いてもらいます。詳細は授業の進行により決めます。

EVALUATION

まったく新しいテーマのクラスなので、過去の成績の記録はありません。ただ、このクラスのGPAは、毎回2.7くらいです。過去のクラスの詳細は、このHPに掲載されていますのでご覧ください。評点の配分は、授業参加と発題が5割、期末レポートが5割です。

SCHEDULE

受講者数により進行と担当の詳細を決めます。
なお、授業内の特別講演が2回あります。

12/11 Professor Theodore W. Jennings, Chicago Theological Seminary
(See List of his 11 books at Amazon.com)
"End of 20th century theology: contributions of continental philosophy to theology for the 21st century"
12/12 Students are also encouraged to attend his second lecture:
"The Violence of God: Before and After"
13:30-15:00, Institute for the Study of Christianity and Culture, ERB-225
1/25 Dr. Johannes Ro, Fordham University, New York
"Violence in the Old Testament" (Tentative)

最優秀レポート

はじめて扱うテーマでしたが、このクラスは非常に優秀でした。メーリングリストに提出されたレスポンスには瞠目させられる内容が多く、授業内のディスカッションも高度でした。グループワークもプレゼンテーションも大きな効果がありました。その結果、成績は、わたしがこれまで教えたすべてのクラスよりも高い 3.04 になりました。いつもは 2.5-2.8 の間なのですが。 (3/03/2008 記)

期末に提出されたレポートのうち、特に優れていると思われる3点を選び、執筆者たちの了解を得てここに掲載します。他にも、「オウム真理教」の林被告を正面に据えて宗教と暴力を論じたもの、日本軍の「特攻」を供犠として理解したものなど、独立したエッセイとも言える優れたレポートが出されましたが、ここには掲載しません。なお、著作権は学生たち本人にありますので、引用の際には尊重してください。
・菊地 麻里枝 「<瞬間>に見る宗教的な暴力」
<本人追記>
今回の授業は、非常に興味深くまた、表現しがたい充足感が今でも残っています。きっと他の皆さんもそうだったのではないでしょうか。私はバーガー班だったのですが、卒論でサルトルをやっていたために私の思考の根底を半ば支配してしまった (笑)。彼の言わば究極的「自由論」が、驚くほどバーガーの「弁証法的世界構築」観とマッチしていたせいもあったのかもしれません。自由を人間存在唯一の本質の出発点としたサルトルの、「人間は自由であらぬことができない」という言葉、これもまさに自由という言葉の持つアンビバレントな特性 (求められるべきとする自由と避けられないとする自由) を象徴していて、これこそが究極の人間の苦悩であり、言ってみれば宗教を必要とする契機なのかもしれない。と今思います。常にある世界に拘束されているように見えて、実はその世界を乗り越える可能性をいつだって人間は、持っている。自由と選択と行動と存在するとは全て同じことだとサルトルは言いますが、これに「暴力」も加わるのでしょう。きっと。大学最後の締めとして相応しい授業だったと思います。ありがとうございました。
・工藤 陽美 「暴力と敬虔な心」
<本人追記>
秋学期から連続で先生のクラスを受講させていただきましたが、学生の授業に対するモチベーションが非常に高いのには、非常に驚きであり、その中で触発され、本当の意味で勉強するという楽しさを感じました。このクラスで、そしてこのメンバーで共に学ぶことが出来、本当に感謝しております。以前、大西先生の『Introduction to American Studies』に森本先生がゲストスピーカーとしていらした時、「自分がその信仰が大事だと分かっていればこそ、他人の信仰の尊さを理解することが出来る」というRoger Williamsの言葉を紹介して下さりました。私は心理学専攻ですが、以前からなぜ人は争うのかということにとても興味がありました。よって、この言葉がきっかけとなり、宗教の立場から暴力を学ぶことによって何か新しいものが見えるのではないかと思いました。そういう意味で、今回は宗教、自分に内在する暴力性を見つめなおすいい機会だったと思います。そして、物事を捉えようとした時、歴史的背景を捉えることがいかに重要かを学びました。神学研究においてもそうですが、もう少し聖書の知識があったら違う視点から物事を捉えられ、ゲストスピーカーの方が話されていることがよりよく理解できるのではないかと思いました。ありがとうございました。
・大岡 洋 「リベラリズムのドグマと宗教的暴力:ポスト・モダン状況における信憑構造と宗教」
<本人追記>
今回の授業は本当に受講している生徒がみんなとても素晴らしかったので非常にクオリティの高い印象的なクラスだったと感じています。そんなか僕のレポートを評価していただいて、素直にうれしく思います。ウェブに載せるのはまったくかまいません。むしろ先生のホームページに僕みたいなひねくれた人間が書いた文章を乗せていいのかと思ってしまいます。というのも、なんとなくバレてるかもしれませんが、僕はかなり宗教というものに対してかなり懐疑的な人間であり、先生の言い方を借りれば「無神論」教徒のようなところがあります。なんて言ったって一年のころはイワン・カラマーゾフがアイドルでした (笑) 。なので今回のレポートを含めこの授業では、どれだけ「宗教」を信じるということや、信じる人々に自分を近づけることができるかが個人的な目標でした。どのような点を評価していただいたのかわかりませんが、そういった意識が少しでも感じてもらえたとしたら幸いです。
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